無料ブログはココログ

« 第1回弘前市民将棋大会 雑記2 | トップページ | 第21回学生将棋大会 案内 »

第1回弘前市民将棋大会 雑記3

050320-017


 大会も終わり、落久保君送別会のためそれぞれが流転に向かった。最後まで会場に残った5・6名は小田桐カーと潤一カーにそれぞれ分乗して移動した。わたしは幸運にも佐々木☆潤一氏の車に同乗させていただくことが出来た。弘前まで来てよかったと心から思った瞬間である。
 「流転」は言わずと知れた青森将棋界三大聖地の一つで、一般的には将棋が指せる居酒屋として知られており、弘大将棋部の飲み会は流転と相場が決まっている。これまで流転を訪れる機会のなかった私は、死ぬ前に一度は訪れてみたいと願っていただけに感嘆のあまり溢れ出る涙を堪えながら入り口までの階段を踏みしめながら登った。
 会場に入るとすでに、弘大生を始めとする多くの参加者が集まっており、テーブルの上に並べられた飲食物には目もくれず、将棋を指していた。ほとんどのメンバーがそろい、いよいよ懇親会が始まった。始めに主賓にも関わらず場を仕切ろうとする落久保君を制して何故か柳谷君が挨拶した後、
豊川「それでは乾杯は小田桐さんお願いします。」
小田桐「はい、お疲れ様でした。乾杯!!」
ギャラリー「おい! それだけかよ!!」
小田桐さんの非常に簡潔な乾杯でサバイバルゲームの幕は切って下ろされた。
お酒を呑まない学生連中はお腹を満たすとすぐに盤に向かった。
 その後は、アルコールの影響で確かな記憶がない・・・・。船橋君が挑戦者と将棋を指しながら、挑発的な発言をしていた印象はあるが、何を言っていたかまでは覚えていない。日本酒を水のように呑み、「俺はこれまで一度も吐いたことがない! 酒を吐いて粗末にする奴がいるなんて信じられねー!」と豪語する、やけに老けて見られるものがいたが、それが誰かなどと口が裂けても言えない。ビール党の木村さんが何本瓶を空にしたかは定かではないが、後輩たちに熱く語っていた。
 途中まで、酒を呑まないでいた小田桐さんだったが、みんなの勧めでとうとう酒に手をつけた。ほぼストレートに近い焼酎を飲み干した小田桐さんはさらにパワーアップし、あたり構わずマシンガントークを炸裂させていた。途中、柳谷君と小田桐さんが熱く語り合う様子を動画として記録したが、神の怒りを買うかもしれないので、これは胸の奥にそっとしまっておくことにする。ある若手が「俺は嘉瀬さんのようになりたい!」とビール片手に言っていたが、それが将棋の強豪になりたいのかそれとも酒豪になりたいのかは定かではない。
 (記憶が不確かなため中略)
 6時過ぎに始まった送別会は延々と続き、11時ごろを過ぎたころに1次会がお開きとなった。元気のある学生たちはカラオケへと向かったが、ホテルを予約しているにも関わらずチェックインをしていない私は疲れていることもあり、そこで別れを告げた。当初は2次会にも参加しようと思っていたが、小田桐さんの報告を見てつくづく参加しなくて良かったと胸を撫で下ろした。
 翌朝、今回の目的の一つでもある管理人さんの職場を見て行こうかと思ったが、電車の時間が合わないため9時過ぎの特急で弘前駅を発った。乗り継ぎの関係もあったが、自宅についたのは13時だった。同じ青森県でもやはり遠いことを実感した。逆に三八の大会に遠征してくる津軽勢のエネルギーには敬服してしまう。
 
 2泊3日の小旅行は、思わぬ結果を得たり、楽しい飲み会を堪能でき大変有意義なものだった。これを期にもう少し大会に参加してみたいところだが、この「おまけ」の更新も怠らないようにしていきたい。当面の私の目標は三大聖地の一つ「天ぷら堤」で、料理とお酒を堪能することだ。そしていつかは、最大の聖地「中戸邸」にお邪魔したいとも思っている。
 

« 第1回弘前市民将棋大会 雑記2 | トップページ | 第21回学生将棋大会 案内 »

大会結果」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18287/3406078

この記事へのトラックバック一覧です: 第1回弘前市民将棋大会 雑記3:

« 第1回弘前市民将棋大会 雑記2 | トップページ | 第21回学生将棋大会 案内 »